名状しがたい偽者

思考よ止まれ そなたは美しい

NUKI! NUKI! DEADHEAT! 中出し

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NUKI! NUKI! DEADHEAT! 前出し

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=ある日常における全力疾走=

 しかしその日は違った。いつものように満員電車の中から飛び出るように出た俺は、人の壁に阻まれ直行で階段を上ることは叶わずも、なかなかの順位で改札口まで出ることに成功したのであるが、そこに一人の女子高生が立っていたのである。

 集団の女子高生を抜くことは造作もないことではあるが、一人でいる女子高生を抜くことは場合によっては難しいことがある。というのも、普通女の歩くスピードは遅いと相場が決まっているはずなのに、どういうわけか歩くのが男並、時には男以上に速い女が存在するからだ。彼女らもおそらく二人以上であればそれほどのスピードは出さないのであろうが、誰にも邪魔されずに歩ける一人であるときは別だ。彼女らは時として自然に抜くことが出来ないほどのスピードを発揮してしまったりする。

 彼女もそのような健脚の持ち主であった。ホームを出て残るは会社へ向かう一本道となったところで俺は彼女の足の速さ、そして足の美しさに気づく。顔のほうは正直よく見えなかったが、野暮ったいほどでもなく、かといってあからさまに尻の軽そうな風貌でもない。髪はそれほど長くなく黒髪で、スカートの長さは膝上15cmくらいで少し足を出しているが、それほど下品なようには見えない。とはいっても日本においては見た目が多少真面目に見えても平気で体を売っている女子高生がいっぱいいるらしいとTVでもよく報じられているし、実際の彼女の性生活について予想することは難しい。一つその中で言えるのは彼女の後ろ姿は俺にとって物凄い好みだということくらいだろう。

 こういう足の速い相手を抜く際に、俺が普通取っている手段は会社に急いで向かっているという振りをすることである。しかし人がわざわざ学校が始まるかなり前に合わせて会社に通っているというのに、何故この女はそこまで急いでいるのだろうか。いや確かに学校においては登校時間という制約を受けずとも、それより前に行かなければならない用事というのは山ほどあるだろう。もし彼女が何かの部活に所属していたのだとしたら朝に練習があっても全然不自然ではないし、もしかしたら行事の準備のようなことがあるのかもしれない。それにしても彼女の速度は以上である。徒歩でそれほどのスピードを出すのであれば少しくらい走ったっていいように思うが、彼女はあくまでも徒歩で足を進めようとする。

 まあそういう俺自身も走ることはあまり好まない。というのも、俺の通勤路はかなりの割合を一本道で占めており、途中まで走ったところでふがいなく体力が切れて止まってしまう姿を相手に見せたくはないからだ。かといって会社までずっと走り続けるというのは忍びない。そろそろ涼しくはなってきたとはいえ、まだまだ灼熱が横たわっているわけでシャツを汗ビチャさせるのは全くもってよろしくない事態だ。と俺が無駄な思考を巡らしている間にも俺の目は半ば本能的に彼女の足に注がれる。これはかなりの上玉というか、ここ最近で見た足の中ではナンバーワンと言っても全然良いかもしれない。どうして今まで彼女を目撃しなかったのだろうか?(普段は自転車にでも乗っていたのだろう)ほどよくついた肉に、スラリと伸びる足。細すぎず、足が長すぎず、まるで俺のために作られた、つまるところオーダーメイドされた足のように思えるぐらいだ。あの足を俺のものにしたいという欲求は当然のように付きまとうけれども、所詮俺はしがない社会人であり、それほど性的魅力にあふれている男とは言えない。俺にはただただちらちらと視線に入れては外すということしか出来ないわけである。尤もおそらく俺が性的魅力にあふれていた場合、自分の欲求の開放なんて出来て当然だったわけで、そうだった場合俺がこんなにも足にこだわるようなこともなかっただろう。様々な執着心にいえるように、俺のこの足に対する思いも俺自身のコンプレックスから来ていると以前推測したことを思い出す。俺はそれほど足が長くなく、また美しく細くもない。

 また彼女の足に視線が行く。誰も俺の視線なんぞ見てはいないとは思いつつも、こんなにもちらちら足のほうに目が行ってしまうとなんとなく罪悪感を感じてしまいそこが俺をうんざりさせる。俺は無意識的に彼女と出来るだけ距離をとるように彼女が歩いている直線から少しずれた位置に行くけれども、同時に何故俺の行動が彼女にコントロールされなければならないのかとちょっとした憤りを感じてみたりもする。自分自身に設定した戒めと自分自身の欲が相反するということは辛いことだ。故に俺は一刻も早く彼女を抜き去ることをしなければならないわけだが、なかなか彼女との距離が埋まる傾向にない。さらに俺の彼女の足へ視線を移す行動は秒単位ごとにその長さを増していき、このままだと彼女の足をずっと凝視するようなことにもなりかねないわけで、それは避けなければならない。凝視するような事態になったら俺はきっとどんどんと欲望を増していって、最終的には彼女の真後ろ、つまり特等席から彼女の足を見つめることになるだろう。

 出来る限り自然なスピードでは彼女のことを抜けないとそろそろ悟ってきた俺は、自分でもうんざりするような小芝居を心の中で演じるようにした。俺は会社で朝一でやらなければならないことがあり、それが遅れたら大変なことになりかねない。腕時計は持っていなかったので、代わりに携帯電話で時刻をちらちら見るようにしながらやや不自然な程度のすばやさで彼女のことを抜くことにした。やや歩き方が競歩のそれに似ており、それを通勤時間中に披露する自分にほんのちょっとの滑稽感を感じたけれども背に腹は代えられない。これ以上一介の女子高生の足を見つめることによって俺の人間的な品位を落としたくはなかったし、欲望に執着するようになることに対しての恐怖もある。このままのスピードで歩いていけばいずれ彼女を抜くであろう。段々決意も固まってきて、彼女の足に視線を落とさないようになってくる。大丈夫。俺はいつものように抜ける。あと数メートル。

しかしながら現実はそれほど甘くはない。欲望はキャンディーであり、一度その甘さを知ってしまったものが口からそれを離すのは困難を極める。俺は突如自分でも信じられないくらいに、無意識的に無作為に、自分の歩行スピードを緩めてしまったのだ。自分でもまったく何故だかはわからないが、おそらく俺の本能が最近まれに見る美しい足の持ち主をもっと観賞していたいという決議案を脳の中で提出しそれが受理されてしまったのだろう。いったい俺の頭の中の野党は何をしているのか。現実のそれとなんら変わりがないではないか-----俺は動揺のあまり、普段はろくに考えもしない政治家のことを引き合いに出し、自分を責める代わりに彼らのことを責めだした。これは非常にまずいことだ。一度抜くことをためらってしまったら、今後この先も同じようなことをしかねない。たとえそれが今俺が抜こうとしている女よりレベルの数段劣るやつ相手だとしてもだ。一度甘さを知ってしまった人間はなかなかその活動を止めはしない。

 さて、しかし俺には抜くことも出来なかったが、かといって速度を緩めることは出来なかった。今ここで俺が立ち止まるというのは他人、しかも女子高生風情に俺の行動をとめられるという侮辱で繋がるということにもなりえるし、既に俺は彼女の足のトリコになってしまってもう止まっている場合では全然なかったのである。俺はまた彼女との間隔をやや広げながら、今度はさっきよりあからさまに彼女の足を凝視している自分自身を発見した。もはや女の足は俺にとっては芸術観賞の域に近く、見ているだけで恍惚とした気分になってくる。これほど美しい足を持っているのだから相当もてるのだろうな-----そう考えた瞬間に、今まで抑えられていた何かが一斉に吹き出したような感覚がした。おそらく処女でこれだけの妖艶さは発揮できないだろうから、彼女もまた開通済みなのだろう。自分にとっての芸術的存在がもはや誰かに手をつけられているというのは非常に侮辱的な感覚を受けるが、しかしもはやそれを超えたところに彼女の足が存在しているのだ。その段階においては他の男の手にかかっていることなどもはや単なるスパイスでしかないような気すらしてくる。

 そうこう俺が思考を重ねて足を凝視しているうち、それなりの時間が過ぎてしまった。学校も近くなってきたのだからいい加減誰かに会えよと彼女に心の中で毒づく。俺はこの思考が自分の行動を正当化させるためのものだとは知っているがもはや止まることは出来ない。もし彼女が誰かと会えばそれは必然的に挨拶をしなければならないということになるわけだからスピードは落ちるし、彼女が喋るという日常的なことを行ってくれれば俺が彼女に抱いている幻想もその画質を落とすはずだ。偶像は何も喋らないからこそ偶像でいることが出来るし、それを壊すためには何かものを喋らせればいい。しかし彼女は特に誰と会う様子もなくたんたんと素晴らしいスピードで足を進めていく。

 もう頭がおかしくなってしまいそうだ。俺の目はもはや一秒たりとも彼女の足から視線を外すことをしなくなってしまったし、今は瞬きすらするのが惜しい。最初考えていた他人の視線が気になるうんぬんというのももはやどうでもよくなってしまったことも末期的な心的状況をうかがわせる。ようするに俺の頭の中にはもはや彼女しか入っていない。より正確にいえば彼女の足ということになるが。

 もはや体面など気にすることもなく、自分でもびっくりするくらい突然に俺は再度走り出した。今度は途中で止まることが出来なくなるくらいのスピードだ。これは意図してそうしたというより暴発的に動いてしまったというほうが正しい。何人かの生徒や会社員が突然走り出した俺の姿にびびってそれを視界に捕らえようとしたのを俺は感じたが、その時の俺にそんなことを気にしている余裕は1mmたりともなかった。その結果、自分でもびっくりするくらい簡単に、彼女を抜くことが出来たのである。