名状しがたい偽者

思考よ止まれ そなたは美しい

NUKI! NUKI! DEADHEAT! 後出し

↓こいつらの続き

NUKI! NUKI! DEADHEAT! 前出し

NUKI! NUKI! DEADHEAT! 中出し

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=しかしながら繰り返されるデッドヒート=
 
 その後どうなったのかを端的に申し上げると、一度彼女を抜くことが出来た俺はしばらく走ったのちに完全に気力を失い徐々にスピードを落としながらついに立ち止まることになった。俺は何やっているんだという気持ちが頭をもたげてきたからである。そりゃそうだ。女の子の足を見つめ続けている自分が嫌だからって急激に走りだす奴は常識的に考えて軽く異常である。まさか自分の中の欲求がここまで強いものだとはまったく掌握していなかったものの、しかしながら一度彼女を抜くことが出来たということで俺は一定の満足感を得ていた。つい先ほどまではほとんど無理と思われていた事柄を突破したのである。俺はその意味で欲望に打ち勝った男と賞賛されてもいいくらいだ。俺はふらふらの体をなんとか一定に保ちつつ、そろそろ近くなってきた会社のことを考え始め自分の気持ちを落ち着かせようと奮起するに至った。その頃には俺の足にかなりの疲労が溜まっていたが、結構な距離を走ったものだからよもや彼女に抜かされることはないと高をくくったのである。

 しかし現実というのは残酷にして意外さに満ち溢れている。俺がこれで大丈夫だろうと思った瞬間、現実は待ってましたと言わんばかりに予想外の演出を施してくれる。一体俺を困惑させて何が楽しいのかはわからないが、実際そういうような力がこの星にはあるということを俺は認めなくてはならない事態に突如陥ったのだ。というのも先ほどの彼女が俺の後を追うように急激に駆け出してきたのである。

 最初のうちは一体何が起きたのかもわからなかった。なんとなく誰かが走ってくるような気がしただけで別に問題はないと思ったし、俺は普通に歩き続けていたのである。しかしながらここで俺の天啓は冴えに冴えた。もしかしたら、俺を追ってきたのは先ほどの彼女なのかもしれない。まるで気狂いのような発想だが、人間ある程度の境地に達すると異常に直感が敏感になるものである。俺は一応後ろを振り返ってみた。そしてまさに、俺が予想したことがそのまま俺の後ろで起こっていることを確認した。

 すなわち彼女は追ってきていた。彼女のことは後ろ姿しか見たことはなかったが、その端整な顔立ち、髪、そして何より足から先ほどの彼女であるということは即座に見破ることが出来た。走っているので正確にその姿を見ることは叶わなかったが、やはり良いものは良いというあたり前の事実を俺は目の当たりにする。ちなみに俺は「追ってきた」と表現したが、実際別に彼女は俺を追ってきていたわけではないだろう。何かよくわからないが学校か何かに目的があり、故に彼女はその(美しいとしか形容する言葉がない)足を迅速に動かしているわけで俺に飛び込むために走っているわけではない。しかし何故彼女がこのタイミングで走り出すのか。先ほども述べたが別に今は登校時間ギリギリというわけでもないし、現に彼女以外の生徒はのほほんと友達とくっちゃべったり音楽を聴きながら自転車に轢かれそうになりながら思い思いにのんびりと歩いている。何故ここで走るという行動を彼女はとったのだろう。

 一番現実的に考えられるのは、彼女が俺の走りにつられたということである。これは心理学的に考えても大いに納得の出来る理由で、誰かが急いでいると自分も急がなければならないのではないかという気持ちにさせられるというあれだ。大学生時代に俺は心理学を勉強していたので何かそれに関連することを習ったような気がするが詳しくは覚えていないし、それについていたはずの名称も今は思い出せない。しかし重要なのは今この場で繰り広げられている現実そのものであり、彼女がものすごい勢いで俺に迫ってきているということである。しかも壊滅的にピンチなことに、俺の足は今ふらふらのふらお君状態で足に鞭打って急速に運動させるということにとても抵抗がある。しかしだからといってこのままではまた彼女に抜かれてしまうかもしれないし…

 ここまで悩みぬいた俺だったが、しかしその時俺の脳みその中に存在すると思われる神は大変いいことを俺に気付かさせてくれた。彼女は今ものすごいスピードで俺のことを追ってきているのだから、そのまま放置しておけば彼女はすぐさま俺の見えないところまで、すなわち学校まで走り去っていってくれるのではないかという期待がこのときに生まれる。メイド・イン・マイ・ブレイン。俺の脳みその中でおぎゃあおぎゃあと産声をあげたその考えは俺になるほどという感銘を授け、であるならば彼女が俺のことを抜くくらい別に大したことはないのだと俺は思うことにした。抜かれるが故にまた彼女の足を見ざるをえなくなるかもしれないが、所詮彼女の走っている姿である。歩いている姿ならばいざしれず、走っていてはすぐさま映像はぶれてしまってその美しさを捕らえることは難しくなるだろう。問題は全く何もないように見えた。

 そしてその時が来た。彼女の足音がどんどんと近づいてきて、ついに俺の後ろ数mというところまで来たのである。ここでまた俺は彼女の全体像を確認したい欲に駆られ、俺の頭の中ではほんの少しばかり作戦会議が行われた。歩いている際に後ろを振り向くというのは若干イレギュラーな行為かもしれないが、後ろから走ってきている人間がいたら「なんだ?」と思い振り向くのが人間の常であろう。脳内会議は初めから後ろの振り向き隊の意見が優勢を占め、結局現実時間にして1秒をかけることもなく俺は後ろを振り向いたのである。

 ゆっさゆっさと制服の中にパッケージングされた彼女の体がゆれ、彼女の美しい足が緊張と緩和を繰り返すのを数瞬確認した。確かに美しいが、やはり走っているときの彼女からは歩いているときほどの魅力を感じない。より正鵠を期すと、走っているが故に妄想を広げる時間がないといったほうがいいのかもしれないが。やがて彼女の体は俺の体に遂に並び、やがては俺を抜き去っていったのである。彼女の後ろ姿はやはり美しく、俺に止めることの出来ない劣情がほとばしったが俺を襲ったが、後数秒もしないうちに彼女の背中はどんどんと小さくなっていき、やがては星のように小さくなっていくであろう。俺は彼女の走る足を呆然とみながらそのように思っていたのである。しかし次の瞬間、呆けていた俺の足はまた再び急速に加速していかざるを得なくなった。彼女が振り返り、はっきりと俺の方を向いたのだ。少なくとも俺にはそう見えたまるで抜かしてやったのよと言わんばかりに。

 俺の理性のフューズがその時にはじけとんでしまったのも無理はないことなのだろう。俺はそれを見た瞬間に再び駆け出し、一瞬にして彼女を抜くことに成功した。しかし俺はどういうわけか一回彼女を抜くたびにふらふらと達成感からか気力を失ってしまい、その隙を見計らって彼女が再び俺を抜いた。もはや何故このような事態に陥ったのかはわからないが、おそらく神にすらわかるまい。俺はただもう何かに操られたかのように彼女を抜かし、そこで力を抜いた俺はまた彼女に抜かされるという痴態を演じたのである。

 どうして彼女があれほどむきになって俺のことを抜かそうとしていたのかは今となってはわからない。今の俺がわからないのだから、抜くことだけに必死になっていた俺にはなおさらわからなかった。走っている彼女の顔でも確認すればその一端を知ることくらい出来たのかもしれないが、しかしながら俺がデッドヒートを演じていたときに見ていたものはせいぜい足くらいで、あとは彼女を抜くことくらいしか考えてはいなかった。

 今考えられる仮説としては、もともと彼女は速く歩く自分に幾らばかしのプライドを持っており、それを抜かされたが故にむきになった俺のことを追い抜こうとしていたのではないかというものだ。一般的にそのようなことは起こりそうにもないし、さすがにそこまで考える人間はいないのかもしれないけども、事実俺は彼女を抜く前に一度抜くのをためらってしまっていたわけで、もしかしたらあれが彼女に対する宣戦布告のように捉えられたのかもしれない。

 とにかく、かくして俺は彼女とのデッドヒートにのめりこむことになった。何度抜き、何度抜かれたのかは既によく覚えていない。体はぐったりふらふらになって、頭の中身がぐらぐらになった状態で学校と会社の分岐点にたどりついたことだけをなんとか記憶しているだけだ。結局俺が勝ったのか、彼女が勝ったのかははっきりしていない。もはや一歩も歩けなくなった状態で道路にへたりこんでいた俺はその時はっきりと静止された彼女の全体像を見ることが出来た。しかしながらその時既に俺の中の欲望はすっかりと放出されつくしてしまい、目の前には偶像が剥がれた一介の女子高生がいただけという結末がぽつんとあっただけであった。