名状しがたい偽者

思考よ止まれ そなたは美しい

彗星のダッシュスピード

プロットをまったく考えずに、イメージを頭に思い浮かべて連想されるものを次々に書いて適当にごまかして行ったらこういう文章になった。一時期のシュルレアリストに影響されているといえば聞こえはいいけど、ようするに夢の内容垂れ流しのようなものなので、内容はいつも以上にない。

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 どうやら目の前が真っ暗だ。

 いつからここに自分がいたのか、もはや正確にはわからない。昔からいたようでもあるし、今ここにどこかから放り投げられた直後のような気もする。周囲をなんとか見渡してみようと試みては見るのだけどもそれは空振りに終わった。つまり何も視界に捕らえることが出来ず、辺りには闇が広がるだけの現状だ。なんとなく胎児の見る景色というのはこういうものなのではないのだろうかなどと考えては見たけれども、それで何かの解を得ることもなく一人ぼっちのまま私は途方にくれる。私が動く音以外の音は一切この場には存在していない。酸素ボンベを背負ったまま宇宙に放り出されたような感覚に近い。それは酸素ボンベを背負わされている時と、裸一貫で宇宙に放り出された時、どちらのほうがより残酷だろうかという問いの解を示してくれているようにも思えた。私はとにかくあまりにそこに何もなかったのでどこかに向かうことすら怖かった。もはや今いる場所に戻ることすらも叶わないのではないかと思ったからだった。ふあんふあんと空間が揺らめく。

  私が意識を得てからどのくらい時間が経っただろうか。悠久に続いていくような暗闇はまるで私にとっての地獄そのものであり、私は何かを求めなければならないということをとても強く自覚していた。「どこかに移動しなければならない」私は無限にも思える暗闇に束縛されている中でその思いを強くする。ここから移動してしまうということは大変な恐怖だけども、私は結局のところ動かなくてはならないのだ。どこにか?それは恐らく暗闇の先にあるどこかへだろう。なんのために?私がなくしてしまった何かを見つけ出すためだ。私は自問自答を繰り返していく過程で、私のなくし物は何かという題を非常に好んだ。というのもこの暗闇地獄は私が何かをなくしてしまったが故に私の前に現れているという思いがあったからである。今の私にとってこの状況とは視力をなくしてしまったに等しいわけだから、それはもしかしたら二つの眼球なのかもしれない。周りには何もないのだから、それはもしかしたら他人なのかもしれない。とにかくそれの正体をはっきりさせるために私は前に進まなくてはならなかった。 

 のそり、のそりと前に足を出してみる。もう恐らく元の位置に戻ることはないだろう。いや私にはそれを認識する権利すらも与えられていない。周りの景色は全て同じなのだから、どうせどこに行ったって変わらないのではないだろうか?という問いが頭をもたげる。しかし恐らく意味はあるはずだと私の足は臆病に動く。それはまるで道路を優雅に闊歩する蝸牛の如くだったけれども、元いた位置から離れ段々そこがどこかを認識出来なくなってきた辺りから私の足は俄然勢いをつけ始める。まるでそこが本当の宇宙であるように、ここでは摩擦にも重力にも脅かされず慣性の法則が働いている。どんどんと加速していく私はもはや後ろを振り向くこともなくなったが、私が今どこへ向かっているのかも全くもってわからない。スピードはどんどんと加速していき、息も絶え絶えに私はどこかに向かっていく。やがて私の足は、私が生み出す音すらも振り切って、どんどんと孤独へ近づく。今までには感じたことのなかった恐怖が頭の中からこみ上げてきそうになったが、それすらも置き去りにしてしまいかねない速度で私は走り続けていた。もう少しで何かが見えてくる予感が私の体の中を駆け巡る。音速を突破して私は探しものの正体を掴んでくる。音を突破してなおも私の前に現れないもの。それは光だ。逃げ惑うそれらを追いかけるために私は光よりも速く動かなくてはならない。こんな速度では足りない。もっともっと速度を。もっともっと可能性を。
 私の体はみるみるうちに変化を遂げていく。音速を超えた辺りから私の体の不要物はどんどんと置き去りにされていった。もはや私には腕は愚か、頭も、体もなくなっていた。私はいつの間にか足だけの存在で、それはきっと傍目から見れば随分と惨めないでたちだったに違いない。でもそれは本来どうでもいいことなのだ。体の全てがなければ正常だなんて単なる足かせにしか過ぎない。走るということは足を動かすということであり、そのためには他の体が存在するということは単なる邪魔にしか過ぎない。もともと暗闇の中で、私の存在などあってないようなものだったのだ。であるならば今更そのようなものを持ち運んでいたとして何になるわけでもない……と、ここまで意識を働かせた私はまだ思い込みにとらわれていることに気付く。足をどんなに動かして、どんなに他の部分を切り捨てたとしても私は光に追いつくには程遠い。であるならばこの足すらも不要な部分なのではないか。私は少し戸惑ったけれども数秒もしないうちに足すらも捨て去ることを決意した。もはや私は完全に肉体からは開放され、その速度は肉体があったときとは比べ物にならない。光の尻尾を掴むために私は走り続けていく。もはやその走り抜ける時に生じる音すらも確認することは出来ないが、私は確かに進んでいるのだ。しかしこのままでは光には追いつくことは出来ない。その思いが動力源となり私は速度を無限に食らう胃袋となる。そしてその加速が頂点に達したかのように思えたとき目の前が急激に明るくなったことを感じた。最初私はそれを遂に光に追いついたのではないかと思ったのであるが、思えば私は光にも届かない速度であった身なのであり、それではどうにも道理に合わない。であるならば一体何が起きたのであるか。数瞬の間思索を重ねた私が見つけたものは私自身の体であった。私の体はいつしか光そのものになっていたのであり、私はその光を見ていただけだったのである。