名状しがたい偽者

思考よ止まれ そなたは美しい

清水の舞台ではなくビルの屋上から飛び降りるということ

これもイメージの連想をそのままだらだら書き連ねて、適当に補ったり補ってなかったり補えなかったりしたもの。今は閉鎖した某小説投稿サイトでは「意味がわからない」しか言われなかったという記憶。

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 また僕は同じ夢を見ている。同じビル、同じ屋上、同じ人間、同じ自分。
全てがかつて見たあの夢の再現のようだ。僕は夢の中であるビルの屋上に立っていて、向かいのビルには男が二人いる。

 その男二人は何かスタント劇のようなことをしているらしい。
一体それを何に使うのかについて、僕は全然ピンとくるアイディアを持っていない。けれども、まああんな危険なところではしゃぎまわるのは何かの撮影のためか、思春期に入り浸った青年特有の「自分はこんな危険なところでも全然バカとかが出来る男」を演出したい真性の馬鹿くらいだろう。マジで馬と鹿の区別もつかないような飛び切りレベルの馬鹿二名。

 僕はビルの屋上で、その二人の様子を観察している。
 ふと気付くと僕が今いるビルの屋上の上には僕以外にも何人もの人が立っていたりする。その中の何人かは僕と同じように立って向こう側のビルの様子を見ているようなのだけど、他の人はビルの端っこに足を引っ掛けて平然と座っているので死ぬほど危なっかしい。まさに死ぬほど、である。ちょっと僕が後ろから押したら死んじゃうのに、なんでこの人たちはこんな危険なところで足をぷらぷらさせることに余念がないのだろうか。こいつらもやっぱり馬鹿なのか?
 そんなことを色々一人ぶつぶつと考えているといつの間にかなにやら周りの雰囲気が変わっている。
 どうやら向こうのビルで行われていた何かが終わったらしい。スタント男(仮称)のうちの一人がもう引き上げだよ、と言わんばかりのポーズを取っていて、もう一人の男もそれを了承しているように見えた。
 僕にとっては結局そいつらがそんなところではしゃいでいた理由もよくわからないままで合点も糞もなかったけども、それでその場の催しは問題なくお開きになるのかと思われた。
 しかし違った。催しはそこで終わるのではく、そこから始まるのだ。お開きになるのではなく、確かにその地点から物語の帯は開かれた。

 何が起きたかだけを正確に書こうとするならば、帰ることを了承したかのように見えたスタント男がなにやら突然屋上の端っこのところで大きな叫び声をあげながらジャンプをした、というだけになるのだと思う。しかしそれはその場にいた人間、僕も含め誰一人予想もしていなかったはずのことであって、それを見ていた僕は「あれ、なにやってんだあいつ?」くらいの平凡な感想すら持つことが出来なかった。あっけに取られる数秒間。人は予想外のことが起きると洞察なんて糞食らえになる。
 そしてとても信じられないことに、彼は飛ぶ際にミスをしてしまったらしい。それも正真正銘、取り返しのつかないミスだ。その時彼のいたビルの地面に突然なんらかの地殻的変動起きたからなのか、屋上に吹き荒れる風が彼を吹き飛ばしてしまったからなのかはわからないけれど、彼の飛んだ先に地面なんて都合のいいものは存在しなかった。彼は「ほあああああああああああああああああああああああ!!!!」とちょっと面白い叫び声を上げながら、地面にものすごいスピードで吸い込まれていった。僕は思わず目をそらす。
 その後の彼が落ちている間の数秒間、僕は彼に向けて最大限の嘲笑の気持ちを送ろうとした。うわーあいつ何やってんの?やっぱ屋上なんかで撮影とかしちゃって、しかも撮影も終わったのにふざけて叫びながらジャンプなんかするからそうなるんだよ……。ぶつぶつぶつぶつと、まるでそれは呪文でも何か唱えているかのようだった。 
 その思いは僕と同じビルの屋上にいる他の人間も同様に持ったようで、しかし彼らの反応は冷たいこと極まりない。屋上の端っこに足を引っ掛けてぶらぶらさせているやつらなんて、スタント男がまさに地面にダイブしてしまうということをリアルタイムで観察しているにも関わらず「あーあれ駄目だ。失敗。落ちるわ」「さよーならー元気でねーゲラゲラ」「来世で幸せになってくださいねププ」などとくっちゃべっている。まあ確かに彼が馬鹿なのは間違いないと僕も思うけど、しかし仮にも一人人間が飛び降りているのにそこまで冷たいのはどうなんだよ?ついさっきまで僕も同じようなことを考えていたはずだが、僕は彼らの話ぶりを聴いてぶりぶり怒っている。その瞬間突然鳴り響く衝撃音。
 
 「ほあああああああああああああああああああああああ!!!!」ぐもちゃっ。男の今まで聞いたことないような、それでいてどこかコミカルな声が中断されて、それはもう二度と再生されない。あーついに落ちちゃった、落ちてしまった……
 地面に落ちるまで大体どれくらいの時間がかかったんだろうってことを考えるとき、体内時計は本当に当てにならない。時間なんて平気で引き延ばされたり圧縮されてしまったりするのだから、ここにいる誰も時間と物体の落ちていく加速度に基づいてビルの屋上から地面までの距離を算出することなど出来やしないのだ。
 とにかく彼が飛んでから地面に叩きつけられるまである程度の時間がかかり、その結果彼は見事自らの悲鳴とともに舞台から姿を消した。僕はなんとなく全てが馬鹿らしく感じてしまって、それでビルの中に入っていった……

 これが僕がかつて見た夢の全容である。それは非常に興味深いもので、普段あまり夢を覚えていない僕でもこの夢のことはあまり忘れることはなかった。しかしそれが今再び繰り返し目の前に広がっていることについてはどう考えればいいのだろう。
 スタント男が僕の見ている目の前で、また再び地面に向かって落ちていく。「ほあああああああああああああああああああああああ!!!!」ぐもちゃっ。なんとか助けてあげたいような気もしたけれども、僕にはどうすることも出来ない。それにまさにこれは文字通り対岸のことなのだ。この場合火事ではなくて飛び降り自殺だけど。しかしなんだって彼はあんな阿呆なことを?
 屋上は風が相変わらず猛威を奮っている。冬でもないのに風は冷たく、他の人々は僕はかつての夢の中でそうだったように、なんとなく全てが馬鹿らしく感じビルの中へ入っていった。
 扉が閉まり、そこには屋上と違い誰の姿も発見は出来ない。ただひたすら長い、下へ続くだけの階段があるように見える。
 そういえば以前夢を見たときには、このビルの内側を正確に認識してはいなかった。夢は扉を開けた瞬間に終わったのであり、もし仮に見ていたのだとしても扉の中の様子などという些細なことなど起きて顔を洗っている間にどこかへ落としてしまったのだろう。ただ今目の前に見えるのは階段階段階段。どこまで続くのかわからない階段だ。僕は今からこの階段を下りていかなくてはならない。どこへなのかはわからないけど、しかし風が吹きすさぶビルの屋上で足を垂らして下を眺めているよりそのほうがよほどマシだろう。僕は終わりの見えない階段に足をかけようとする。

 そしてそれこそが僕にとっての決定的な瞬間だった。階段に足をかけたとき、僕の目的地は下にあるということに突如気付く。唐突なのもいいところで、きっと僕以外の誰にもその感覚を理解することは出来ないだろう。でも僕は何故かそんな不安定な思い込みを真理だと思い込む。僕の思い込みは天啓という形で表れ、真理というラベルを纏い僕の頭の中に鎮座する。
 あらゆる物事の目的とは上を目指すものなのだとばかり思っていたのだけど、でも実際は違う。僕はビルの屋上にいたのだけれどもそこは別に全然素晴らしいところではなかったし、風はびゅうびゅうと意地悪く吹いていた。一番素晴らしいところにあんな冷淡な人間がいてはならないし、それに何故皆ずっと屋上にいるのだろう?それはもしかしたら屋上こそが求めるべきものである、という意味を持っているのかもしれないが、しかし頂点というものがたかがビルの屋上というものも寂しいものだ。ビルの高さには限界がある。ビルAにいる人間はビルBの屋上へ行くことは難しいし(これは夢の中なのでなんとかなるかもしれないが)、それは誰かが作った舞台の上でのことであって、きっと僕の求めるものはそこにない。それにビルの屋上ということは、土台のバランスを僕自身が取ることは出来ない。僕の命はビルによって左右されてしまっているし、僕の可能性も高さを基準にして考えてみれば、所詮はビルの高さ程度のものなのだ。
 全ての可能性は下にある。

 考えを改めなければならない。このビルの屋上には当たり前ながら下へ向かうための階段が用意されていて、しかしそれを下り終わるには膨大な時間がかかりそうだ。地面までの距離がわからないので、僕一人の力で下へ向かうのにはなかなかの根気が必要だろう。人間は明確な目標のためには頑張れるが、それが示されないと不安になり億劫になってしまうし、付け加えて言うと僕は紛れもなく人間である。
 僕はもう既にあのスタント男の考えがわかっていた。彼はこの膨大に続いている、いつ終わるのかわからない階段を下ろうとするよりも、そしてただ屋上に留まって傍観者に徹するよりも、一か八か飛び降りてみたのだろう。それは事故のように見えたけど、あるいは彼の周到な作戦だったのかもしれない。彼を見ているこっちのビルの人間を、そして彼と一緒にいた別のスタント男すらも騙すための。それが何を意味しているのか僕にはよくわからない。しかし僕が彼の考えを追いかけてみることで見えてくることもあるかもしれない。あるいは彼と同じようにビルの上から飛び込んでみれば。

 僕は再び扉を開ける。足をぶらぶらさせているやつらと所在なさげにぼーっと立っている数名が見える。そいつらの方にはあまり目を合わせることもなく、僕は覚悟を決めている。僕の理不尽な確信がここにいる嘲笑愛好家のやつらは単なる傍観者にしか過ぎないということを告げてくれる。よし、やれる。僕ならここから下へ向かうことが出来る。
 僕は勢いよく地面に向かって走り出した。思わず力が抜けそうになる足をなんとか精神で支えながら踏み切って見る。しかし僕は地面に到達することは出来ない。ジャンプした後の僕は空中に固定されてしまい、下に進めない。
 もはやカラクリに気付いてしまった僕に対して、世界は物理法則的な整合性を合わせようなどと言う気はさらさらないようだ。何しろここは夢の中なのだから。僕はせっかく飛び降りるということを決心したというのにそれが失敗に終わってしまったように見えて絶望を感じたが、でもこんなことが起きるということはきっと僕の確信は本物だったのだということに希望を見出す。この先にきっと僕の追い求めているものがある。
 僕は必死にあがいてみる。ビルの屋上に戻ろうなんて気はさらさらない。僕は飛び降りれるし、飛び降りきることが出来る。今は中途半端に浮き足だってはいるが、しかし僕はそこから地面に大着地をしてこの地球を揺らすことだって出来る。
 
 僕を引き止める空気をまるで水の中を泳ぐようにして掻き分け下へ向かっていく。空気なんて大した質量もなさそうなのに、一体何故ここまで僕は苦しいのだろう?空気という見えないものに閉じ込められ、蓋をするようにして閉じ込められている感覚に襲われる。一体1m進むのにどれほどの時間がかかるのだろう。こんなことならやっぱり階段で地道に下へ降りていったほうが良かったのか……?
 でも僕は諦めない。僕は飛び降りるという行為に迂闊ながらある種の確信を持ってしまっているし、そうである以上僕にとってはそれが真実なのだ。自分の中にある真実を裏切ることは出来ない。
 そして遂にその時が来る。僕を引き止める空気の塊を掻き分けた僕は、そこから出た瞬間ポン!という音とともにものすごいスピードで地面へ向かっていく。途中僕の体にいつの間にか備えつけられたパラシュートが開くが即座に破壊して流れに乗る。加速度的に速くなる僕の体。そしていつの間にか訪れる地面に衝突する感触。

 気付くと僕の頭は地面に突き刺さっている。果たしてここが僕の目指した大地なのだろうか。
 でも僕の体は残念ながら地面の中に突き刺さってはいない。それは不完全な着地だ。地面に突き刺さっているはずの僕の目の前にはいつの間にか水槽が広がっていて金魚が何匹かふよふよと泳いでいるけれど、今はこんな映像を見ている場合じゃない。僕はまだ頭を突っ込んだだけだ。それにスタント男が地面に飛び降りたとき、その音が聞こえてくるのにはもっと時間がかかっていたじゃないか。
 体内時計は曖昧なものだということを自分で言っておいたことをすっかり忘れた僕は、でもまだこの先に何かがあるということを願わずにはいられない。
 もう高所から低所に向かう上で発生した力学的なエネルギーもすっかり失われてしまった僕だけど、なんとか体をも地面の中に突き刺してしまおうと考えている。
 僕は突き刺さったままの形で、自分の体を地面の中に押しこんでいく。それはまるで先ほど空中でもがいていた時のような様相だ。目的地にたどり着くためには、何度か停滞を体験しなければならないのかもしれない。
 体をひねってみたり、頭をひねってみたり、体をねじってみたり、頭のネジを外してみたりして、僕は試行錯誤を繰り返す。ほんの少しずつ僕の体は地面に埋まっていき、そしてそれがやがて吸い込まれるような動きになっていく。この先に道があると確信している僕にもはや怖いものはない。やがて僕の体は地面に吸い込まれ、いつの間にか発生した力学的エネルギーに乗せられて僕の体はさらに深い、深いところへと向かっていく。丁度それは僕と地面が、この星が一体化したような感覚。

 
 気付くと僕は海の中にいて、鯨の潮吹きに乗せられてある島にたどり着く。そこにある世界はペーパークラフトのようであり、僕は生々しいくらいの現実感を伴ってそこに立っている。いつの間にか僕の存在は他のものよりも大きくなっていて、微笑ましい気持ちで僕はあらゆるものを眺めている。いつの間にか自然と笑みがこぼれてきて、僕は穏やかな気持ちで目を開ける。